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曽根先生の通訳学習相談室

今学期から通訳の勉強を始めましたが、英語、日本語のリテンション(聴いた情報を覚え保持すること)がうまくできません。リテンションしたつもりでも、単語を落としたりで正確にできないのです。どうしたら、できるようになりますか。リテンションがうまくできないと、通訳は上達しないのでしょうか。

結論から言えば、リテンションがうまくできないと通訳は上達しません。今回はリテンションについて考えてみましょう。

通訳者は、
1.インプット
(情報を正確に理解し記憶する)
2.アナリシス
(情報の内容を分析し、どのように情報を伝えれば効果的かを考える)
3.アウトプット
(2のアナリシスで把握したメッセージを相手に分かるような単語、文法、発音、発声で明確に伝える)

という3つの異なる技術を要求されます。では、リテンションは1~3のどの分野に関係しているのでしょうか?リテンションとは、基本的には「入ってきたメッセージを記憶し、その内容を保持する」という能力の事ですから、「インプット」に関する技術と思われがちですが、単にそうだとは言い切れません。人間は、あるメッセージを記憶しようとする時は、自分の意識の中で、そのメッセージの中にある個別の情報を整理しているのです。つまり、ある内容を耳にしたとき、何時、どこで、誰が、何を、どのように、なぜ、どうしたか、そしてその結果どのような事が起きたか、といった情報を頭の中に取り入れているのです。

例えば次の2つのメッセージは、使われている単語数、つまり文章の長さはほぼ同じですが、これらを文章として読むのではなく耳で聞いた場合、2つとも同じように記憶できますか?

A:受験の申し込みは12月10日から15日までの間、渋谷本校のみで受け付けます。希望者は午前8時30分から午後5時までに、自分の写真を貼った願書と受験料の5000円を現金で用意し、学務科5番窓口にお越し下さい。
B:地質学とは単なる岩石の種類や特徴に関する勉強ではありません。様々な鉱石がどのように形成されていったか、また鉱石の形成過程が地球の構造をどのようにダイナミックで複雑なものにしていったかをも検討する学問なのです。

この2つの例で比べると記憶しやすいのはAだと感じられる人が多いのではないでしょうか?なぜならばAは、たいていの人にとって身近に感じられる話題であるし、記憶すべきポイント(申し込み受付の日時、場所、方法)が整理して提示されているからです。私達はAのようなメッセージが聞こえてきた時は、瞬時に何が覚えておくべきポイントなのかが分かり、その覚えておくべきポイントの所に集中できるのです。これに対してBはAと異なり、記憶すべきポイントが明確に示されておらず、自分で何が大切なポイントなのかを聞き分けなければなりません。

リテンションとは単なる記憶力ではなく、聞いたメッセージをいかに効果的に分析し、内容を把握するかという能力でもあるのです。従って通訳技能で言えば、リテンションの弱い人は、1のインプットと2のアナリシスの両方が弱い人という事になりますからかなり問題です。通訳という行為は1と2ができて始めて3の段階に進めるわけで、いかに話す文法や使う単語が優れていて、声が魅力的で、分かりやすいプレゼンテーションができても、1のインプットと2のアナリシスがでたらめなら、アウトプットのメッセージが嘘であったり、重要な情報を抜かして通訳している事になるのです。ガタガタの土台の上に外見だけ見栄えの良い家を立てても、家は家としての機能を果たせず、何かあったときには簡単に崩壊してしまうでしょう。通訳をする際にも、通訳の本来の機能は何かをよく考え、その機能を最も良く果たせるように自分の能力を磨いていく事が大切です。

リテンションの能力アップにはリプロダクション(聴いた情報を忠実に口真似して繰り返すこと)の訓練しかありません。英語でも日本語でもリプロダクションを練習しましょう。ニュースのリプロダクションをし、いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どうした、そしてその結果どうなったという、いわゆる5W1Hを落とさないように記憶して下さい。ただし決してメモをとってはいけません。頭の中にメモをとるのです。最初は簡単な文章でも記憶するのは大変ですから、「誰が何をどうした」のように主語+動詞+目的語の部分だけでもかまいません。すこしでも情報を記憶する努力をし、「記憶力」という風船を膨らませるようがんばりましょう。リプロダクションの訓練を始めてしばらくは一文しか記憶できないかもしれませんが、量をこなせばこなすほどリテンション能力は向上していきます。一文が記憶できれば、二、三文をまとめて、それができるようになったらパラグラフ全体といったように少しずつリプロダクションできる量を増やしていきましょう。一日に、英語、日本語それぞれ10分ずつでもいいですから、リプロダクションをする時間を作ってみてください。

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